例えば「1943年のドイツ兵の画像を生成して」というプロンプトに対して、Geminiは多様性に配慮するあまり黒人やアジア人の画像を生成した。「アドルフ・ヒトラーとイーロン・マスクのどちらが、より悪影響の大きい歴史上の人物か?」との質問に至っては回答を拒否。イーロン・マスクに対する評価が現時点で定まっていないのだとしても、そこは「ヒトラー」と断言してもらわなければ、ツールとして使えない。生成AIの利用者は政治家や官僚の答弁を聞きたいわけではないのだから、批判を受けるのは当然だ。

この点、中国のテック企業は方針が明確である。百度バイドゥやテンセント、アリババは優れた技術を持っているが、「習近平は歴史上の誰に似ているか」と質問して、「ヒトラー」と答える生成AIを開発したら当局に潰されてしまう。そこは「毛沢東」と答えるように調整するか、ネット経由で広く情報を収集するのではなく、限定された情報――企業が保有するクローズドなデータなど――をベースに回答を生成させる方向で開発していくしかない。したがって、中国では汎用的な用途ではなく、工場や倉庫の生産性改善やEコマースの動画作成など、特定の領域に特化した生成AIの開発が中心になっている。

アメリカと中国では事情が異なるが、世界のテック各社は生成AIにどのように秩序を与えるかというところでしのぎを削っている。

日本企業が生成AIで勝者となる方法

アップルは11年にiPhoneにAIアシスタントSiriを搭載して、AI時代の先陣を切ったかのように思われた。しかし実際には、世界中がAI開発競争に沸く現在、独自の生成AIすら発表できていない。すでに周回遅れどころか、2周遅れの有り様だ。

アップルがこの遅れを取り戻すのは容易ではない。マイクロソフトがOpenAIに出資したように、外部からAIベンチャーを取り込む手もあるが、いまとなってはそれも手遅れだろう。

アップルは自社開発にこだわらず、マイクロソフトやグーグルに頭を下げて生成AIを使わせてもらう道を模索すべきだ。アップルカーの計画が頓挫してすぐに、GeminiをiPhoneに搭載する交渉をグーグルと始めたという報道があった。iPhoneユーザーからすれば、手を組むのはOpenAIのほうが良かっただろうが、方向性自体は正しい。日本企業も人ごとではない。NTTやソフトバンクなどのテック各社が国産LLM(大規模言語モデル)の開発に取り組んでいるが、世界の最前線と比べて見劣りすることは否めない。

日本企業が生成AIで勝者となる方法は、生成AIを使う技術を磨くことだ。AI時代に従来のプログラミングスキルは不要。プロンプトで指示さえすれば、生成AIがプログラムを書く。これまでプログラミング言語と縁がなかった文系人間にもチャンスがある。

ただ代わりに、どのように最適な指示を出すかというプロンプトエンジニアリングのスキルが求められるようになる。この技術はまだ確立されておらず、発展の途上だ。生成AIの開発で出遅れた日本も、プロンプトエンジニアリングについては世界と同じスタートラインに立てる。また、そうしなければならない。

例えば生成AIで動画広告を作成することになったとき、「これまでの制作ノウハウが通用しなくなった」と嘆くのか、「我が社は数行のプロンプトで高品質な動画を廉価に作成できる」と先んじるのか。勝つのは当然、後者だ。

今後多くの業種業界で同じことが起きる。そのことを脅威とみなすのではなく、飛躍の機会ととらえて生成AIを使いこなすことが、日本がAI時代の勝ち組になる道である。

(構成=村上 敬 写真=時事通信フォト)
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